広告のむなしさ
宅ふぁいる便を使っていて、ダウンロード後に出てくるポップアップの化粧品の広告を見て、いったいこれは誰に向けて広告してるんやろうと虚しさを感じました。
広告主はこのタイミングでここに広告出すことを期待しているんやろうか。
そしてそれにお金を払うことに納得しているんやろうか。
そう考えたときに、けっこう無駄な広告って多いなと。
電車の中で見かけた DODA転職フェア。
中田敦彦が講演するって、ぜったい転職に役立たないし。
小室哲哉が、強みは一つだけじゃなくて二つ必要とか言っても、そんなん説得力ないし、みんな言っていることだし。
転職つながりでいくと、転職サイトに登録すると来るスカウトメール。
ただのDMだし、「スカウト」の意味わかってます?って感じ。まして「オファー」します、とかむなしく響くだけ。
松屋のプレミアム牛めしとか、注文したら「並一丁」っていわれるし。
プレミアムどこ行った?
話を戻しますが。
世の中、広告というか仲介というか、マッチングを生業にしている人がかなり多い気がしていて、昔はひとりひとりが自分の手で生産していたものが、生産しなくてもよくなった結果としてできた現象で、同じように今後人工知能で仕事がなくなるなんて言われているけれど、結局仕事がなくなった人たちが自分たちで何とかお金を得て生きていけるようなビジネスを作ってやっていくにちがいないと、そう思ったりするわけです。
一方で、オファー、スカウト、プレミアム、本物、手作り、○○さんの、みたいな言葉は巡り巡って使われて一般人の心をつかもうとしながら、そこに嫌気を感じて離れていく人もいるんだろうと思います。
そういった人たちに本当に何か残せるのは、仲介とかマッチングではなく、直接影響を与えるサービスなのではないかと。
何が言いたいかというと、今はやっている新卒向けのオファーボックスみたいなサービスも、次第にすたれてきて、また別の本質的な解決に至らないサービスが出てきて、結局既存の盤の広さでアタック25をやっているかのごとく、の繰り返し。でも、そもそも盤を広げたり、盤を変えたりしましょうよ、というのが本質的な解決に至るサービスであり、直接影響を与えるサービスなのだろうと。そういったものにかかわる人生でありたいし、携わってみたいと思ったのでした。